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2009.04.22 裁判。
昨日は二つの大きな事件の判決について、何度もニュースが流れてましたね。
一つは和歌山の毒物混入カレー事件。もう一つは、栃木県足利市での女児殺害事件。

双方に共通するのは、容疑者(受刑者)が無罪を主張していてて、有罪判決となったって事。
で、この事件の報道を見てて、ちょっと怖くなったことがあったので、書いてみます。

今、世間のどれぐらいの人かはわからんけど、裁判官含めて、大半の人は、林被告を有罪と思ってるはず。だから、林被告が書いた手紙の中にある「私は無罪です」って言葉も、どっちかと言うと「何言うてんねん…」ぐらいでしか心に留めてないかも知れん。

でも、これが本当に無罪やったらどうなるんやろ?状況証拠や、マスコミの報道のされ方次第では、無罪の人間も有罪っぽく認識されていき、最終的に世論も有罪に傾いていく。その中で、裁判官が有罪判決を出したとしたら、その判決に疑問を持つ人なんかほとんどいてなくて、真犯人はその報道を見ながら、のうのうと生きていく…。

何より、その冤罪を被せられた人が自分の友人や、親族や、ましてや自分自身だったとしたら…。

今回の林被告を無罪やなんて言うつもりもないし、そんなに関心もって見てきたわけでもないけど、でもふと「無罪やったら…」って考えると本当に怖くなりました。

そんなときに、栃木県足利市の事件の報道が。
この事件では、犯人とされている菅家利和受刑者の有罪の決め手だった「自供」と「DNA鑑定」の双方について、今改めてその信頼性の低さが問われているとの事。特に、DNA鑑定では、2人の鑑定士共に「一致せず」の鑑定結果を出しているとの事で、そうなると無罪と言うことが現実味を帯びてくる。

この事件は、有罪確定からおよそ20年近く経ってると思うんやけど、もし無罪となったとしても、このひとのこの後の人生ってほんまにどうなるんやろ?仕事も失い、家族も失いって可能性もあるやろうし、歳も60歳を越えて、再就職なんて考えられるんやろうか?

何より、真犯人がいるとしたら、犯罪を犯したことで他人の人生を目茶目茶にした上に、その罪を他人に被せることでまたその本人と、周りの人々の人生をめちゃくちゃにする。でも、それに対して何のアクションも起こさず生きていけるってのがすごいと思う。

まあ、そういう人やから、犯罪自体を起こせるのかも知れんけど…。

もしかしたら、色んなご意見あるかもしれませんが、ここにあるのはウメの個人的な見解と言うことで…(^^)v


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